THINK H.L.N.A

2017/2/10(Fri) 15:54

『プロサーファー 善家尚史 2016年シーズンを振り返る。』

善家尚史インタビュー
Photos: Junji Kumano

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現在、日本には数多くのプロサーファーがいるが、実際に大会に出て優勝を勝ち取ることができるのはごく限られた人間のみ。そんななかサーフィンを始めた時から変わらぬ情熱を持ち続け、昨年プロ転向後10年にしてJPSA初優勝を飾った善家尚史。茨城で行われた第5戦に引き続き、翌週に地元鵠沼で行われた第6戦では多くの仲間が見守る中、見事優勝を果たし2連覇を達成した。これまで決して自身の夢をあきらめず、サーフィンと向き合ってきた彼に、昨年のこと、そして2017年大会シーズンの展望について話を聞いた。

H.L.N.A:去年はJPSA公認プロになって10年目の節目だったのかな?
善家尚史(以下、Z):はい、10年か11年目でした。去年(2016年度)に関しては、シーズンが始まる前に自分の中で30歳になっても成績を残せなければ、その後の人生のことも考え、プロを引退しようかなと考えていました。逆にその開き直りが良かったのかなと思います。

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H.L.N.A:いま振り返ってJPSA初優勝を茨城で飾って、その後もすぐ地元鵠沼で優勝できたことはどうだった? あらためて優勝おめでとう!
Z:ありがとうございます。いやあ〜、やっぱり嬉しかったですよ。でもワケがわからなかったですよね。まさか自分でも優勝できるとは思ってませんでした。まあそもそも引退しようと思っていたのも、優勝できないからもう辞めようと思ってたんで。でもそれでも優勝できたのは、いままでやって来たことが間違ってなかったんだなと。いままでは自信なく生きてきたんですけど、それがやっとこう自信になってくれたというのはあります。

H.L.N.A:去年、優勝パーティーは何回やったの?
Z:いやあ、ホントにいっぱい祝っていただきましたね。同級生や先輩、それこそ地元鵠沼だけでなく、愛知の方とかでもやってもらいました!

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H.L.N.A:では、まずベーシックな情報から教えてください。サーフィンを始めたのはいつ?
Z:自分は中1から本格的にサーフィンを始めました。それまでは部活でサッカーをやっていて、小さい頃は子役で劇団に入ってドラマに出演していました。ただドラマの撮影が六年生の終わりから中学1年の始めまで続いたんです。新学期が始まって部活に行けないまま一ヶ月が過ぎ、「周りの子達に差を付けられてしまったな」「なんかつまんないな」と思ってました。そんなこともきっかけでサッカー部を辞めることになったのですが、その夏にたまたま親父にサーフィンに連れて行ってもらいました。それからサーフィンにどっぷりハマりましたね。それまでも夏場は家族で海に行ったりはしてたんです。ちょろっとやらしてもらったのはあったんですけどね。

H.L.N.A:お父さんの存在は?
Z:昔はサーフィンをやってなかったんで、自分の父親という感覚でしかなかったんですけど、サーフィンを始めるようになってからは変わりましたね。いろんな大会で地方へ行ったときに、年配の方と話す機会があったりするんですけど、そうすると「お前はあの善家さんの息子か〜」みたいな感じでみんな親父のことを知っているんですよ。そんな風にいろんな話を聞いて、あらためて親父の凄さを知りましたね。(注:実父の善家誠氏は日本サーフィン界のパイオニアで、プロアマを含め数々のタイトルを獲得。稲村クラシックの前身である「1981年ナガヌマ・クラシック」の初代チャンピオンにも輝く)

H.L.N.A:お父さんはいま何をされてるの? 一緒にサーフィンはしたりする?
Z:いまはサーフィンとは全く関係ない仕事に就いています。親父とはサーフィンすることもあるんですけど、タイミングがあえば鵠沼とかで一緒に入ることがあるくらいです。うちはそんなに(サーフィンに関して)こうやれ、ああやれという感じではなかったですね。親子でサーフィンの話もあんまりしないですし。親父も自分からしゃべる人ではないんで、聞けば話してくれますけど。

H.L.N.A:その後も芸能活動はやっていたの?
Z:昔はオーディションに行ってそれに受かればテレビに出れます、というのがすごいうれしかったんです。でもサーフィンを始めてからは、サーフィンの方が楽しくなりました。例えばオーディションに行ってる時も、「今日はサーフィン出来たのに」とか考えたり、オーディションに受かって撮影しているとき、波が良いときはやっぱりサーフィンしたくなったりして......。そういうのが続き、すべてにおいてサーフィンが勝ってしまったというのがあります。サーフィンを始めてから、(芸能活動を)やる気がない部分が出てきちゃったんですね。「オーディション行っても受からないし」とか考えるようになって、もういいかなと思って辞めました。

H.L.N.A:サーフィンの大会に出るようになったきっかけは?
Z:自分が小さい頃からずっとお世話になっているモンスターマッシュというお店があるんですけど、そこが支部の登録とかもしていたので、そこから大会に出ていました。藤沢支部予選とか、藤沢市長杯などに自然の流れで出るようになってましたね。

H.L.N.A:プロサーファーになることを意識したのは?
Z:本格的にプロを意識し始めたのは高校生に入ってからです。それまではNSA(アマチュア)の大会でも全然勝てなかったんですけど、そのうちちょっとした大会で勝てるようになると、どうせやるならプロになりたいなと思いました。また親父がプロでやっていたというのはありました。

H.L.N.A:プロになったのは何歳?
Z:ちょうど20歳でした。当時はプロ活動を中心に、たまにバイトとかしてました。

H.L.N.A:2016年度はJPSAも全戦フォローするつもりではなかったんだよね。年間ランキングは何位でスタートしたの? 
Z:はい、去年は自分の出たい大会だけ出る予定でした。年間ランキングは17位でしたが、16位以内にいる松下亮太がオーストラリアをベースにするので枠が空いて、結果としてトップシードから戦うことができました。バリの第1戦はスキップして、その後の伊豆、愛知、新島は出ましたけど、イチコケ。5戦の茨城は自分と同じ年のプロサーファーの友人もいるんで、元々出るつもりでした。

H.L.N.A:最終的な年間ランキングは? 2017年はどういったスタンスで大会に出ていくの?
Z:2016年は年間ランキング4位でフィニッシュしました。去年決めたことがあるんですが、これからは俺はプロサーファーだ、っていう風にやっていくのではなく、仕事をしっかりしながらもサーフィンする時にはしっかりと自分のスタイルを出していこうと思っています。今年は第1戦のバリから参戦します。

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H.L.N.A:昨年の最終戦の千葉はグランドチャンピオンの座がかかっていた1戦だったよね?
Z:はい、ガチガチでした(笑)。結果としてイチコケしてしまったんですけど、あのグランドチャンピオンになれるかも、という感覚はいままで10年プロでやってきて初めてでした。ただあのプレッシャーのかかり方も経験することができたので、次にもしああいう状態になってももうちょいリラックスできるのかなと思います。茨城で優勝して、鵠沼まで一週間だったんですけど、いい緊張感が保てたので結果として2連勝できたのかなと。自分は普段良くない波でサーフィンをやっているので、波がジャンクでも小波でも良い演技が出来る自信はあります。鵠沼に関しては毎日のように接している海なんで、波選びに関しては迷いはありませんでした。

H.L.N.A:鵠沼で育って来て、あらためてこのエリアはどういうところですか?
Z:大会とかでいろんな街に行って、いろんなところを見てきましたけど、コンスタントに波がないということに関しては最悪です(笑)。ただここに住み、サーフィンをする環境としてはとても良い所です。他のどこにも負けないくらい。海の近くに住んで、自転車で気軽にサーフィンに行けるなんて、素晴らしい街だなと思いますね。この辺はサーフィンのメッカなんでやっている子供さんも増えてきて、いまのジュニアの世代の子供だとも都築百斗とか、同級生の子も頑張ってます。更にその世代の下の子達も育って来ているので、面白くなっていくのでは。

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H.L.N.A:サーフィンが2020年の東京オリンピックの正式種目になることについてはどう思いますか?
Z:これまで自分がずっとやってきたものが、しっかりとしたスポーツとして捉えられるのは、ホントにすごい嬉しいことです。サーフィンが人の目に触れることは良いことだし、またその素晴らしさや楽しさがメディアで取り上げられることがありがたいことです。サーフィンって他のスポーツと違うじゃないですか。他のスポーツは対人だったりするんですけど、サーフィンは自然との闘い。大会のヒートだと他の人とは戦いますけど、もう一つの要素は海、自然と向き合うことなんで。そういった面も一般の人が知ってくれると良いなと思います。

H.L.N.A:より一般の人にサーフィンの良さ、自然の大切さを知ってもらうには何が一番効果的なんだろう?
Z:見るだけでなく、サーフショップに行って実際にサーフィンを体験してもらうことなんじゃないかなと思います。サーフィンは年齢に関係なく始められるスポーツで、自然の素晴らしさを実感できるので。

H.L.N.A:そういった気持ちがサーフィンした後の自発的なビーチクリーンアップみたいなことに繋がるのかな?
Z:俺はただ海に感謝しているという気持ちだけです。自分がこうサーフィンを楽しく出来ているのも海があってのことなんで、ビーチクリーンアップとかで恩返しできればなと思ってます。

H.L.N.A:これからの活躍も期待してます。
Z:ありがとうございます。大会だけではなく、自分なりにサーフィンと向き合って活動していきますので、どうぞよろしくお願いします!

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善家尚史●1986年1月20日。神奈川県藤沢市出身、在住。幼少期には子役でドラマに出演。2005年のJPSAプロアマ・コンテストで準決勝に進出し、プロサーファーに転向。2016年にはJPSA茨城にて悲願の初優勝。そしてホームで行われたJPSA鵠沼でも優勝し、大会2連覇を果たし、最終ランキング4位となった。スポンサー:Magic Number, Kong Wetsuits, Samdra Biru, Mondays, 藤本軌道, Oasis, 鵠, ドルフィン小児・矯正歯科, 麺処村尾

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Posted by:H.L.N.A staff